近江八幡 水郷 [イラスト]
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近江八幡 水郷
社員食堂で悦ちゃんが「家の前の川にお魚がいっぱい巣を作って…」と話しているのを聞いて、「魚が巣を作るわけないだろ」と僕。「あーら、嘘や思うならうちへ来て」
そんなわけで週末同期入社の友を誘って悦ちゃんの家を訪ねることになった。近江八幡市街を離れた悦ちゃんの家の前には、鈴鹿山脈を源流とする湖東随一の清流愛知川から琵琶湖へ注ぐ小川があって小さな橋が架かっている。澄んだ水に五月の空が青く映り梅花藻が揺らいでいた。「ほら、あそこ」悦ちゃんが指さすあたりに、メダカより一回り大きな魚が何匹も泳いでいて、たしかに水草の下の辺りに巣のようなものが見える。
「お魚が自分で作った巣よ。この辺ではハリヨとかハリンボとかいってるわ」
三人で出かけた近江八幡の町は、都会育ちの自分にはあまりに自然あふれる美しい町だった。ここから京都や大阪へ近江商人と呼ばれた人たちが出て行ったのだ。
「なんもない町やからみんな出て行っちゃうの」悦ちゃんがちょっぴり淋しそうに言った。
ヨシキリが夏の到来を告げ、圃場に向かう田舟が水路を行き交い、芦の間を青春の詩と憂愁をのせて静かに水が流れる美しい世界が、近江の水郷に広がっていた。
※ハリヨも梅花藻も1960年代までは湖東の清流で普通に見られた。どちらも水温が14、5度以下の清流にしか生息できない。工場誘致のための工業団地造成や宅地開発による湧水池の破壊と、流れ込む土砂による清流の汚染とともにどちらも姿を消した。